企画打診から実現するまで~山親爺が動かした人たち
國分本作は「北海道で長年親しまれてきたお菓子のCMを絵本にしてはどうか」という編集者の思いつきから始まった企画です。CMが元になっているということで珍しいケースだと思いますが、打診があったときは率直にどう思われましたか?
きくちちき(以下ちき)はじめは、実用書の出版社さんだから挿絵の依頼かな~と思っていて。いざ話を聞いてみたら「山親爺の絵本」だと言われて、えぇ?!って。すんごい話が来た!と思って(笑)
國分地域ごとに有名なお菓子というのはあるとは思いますが、北海道の山親爺というのはそれだけ特別なものなんですね。
ちき特別ですね。ただ有名だとかだけじゃなくて、当たり前のように見ていたCMなので、もう生活の一部になっちゃっているような。道産子に寄り添う、とても大切なものなので、それを僕が描いていいのかなと最初は不安しかありませんでした。
國分それでもやはりやってみようと?
ちきやはりとても光栄だったし、光栄だからこそ本当に僕でよいのかずっと迷っていて。でも、はじめてお話をうかがったときの編集の阿部さんの圧がすごくて…(笑)作品や北海道への想いをすごい熱量でぶつけてきてくださったので、僕が足りないものを補ってくれそうだなとか、一緒にいいものを作れるんじゃないかなと思いました。
阿部そもそも企画段階では、ちきさんはもちろん、千秋庵さんにもご許可いただけるかわかっていませんでした。とにかく熱意だけはあったのでダメ元でお願いしたら千秋庵さんも「やりましょう」と言ってくださいました。
ちき長い歴史のある音楽と映像と、なによりも大切なお菓子のイメージもある中で、こういう提案を柔軟に受けてくださる千秋庵さんは本当にすごいです。
阿部そしてデザイナーの佐々木暁さんにもダメ元で打診したら…これもまたすごい熱量で「山親爺の絵本にかかわれるなんて、うれしいです!!」と、ありがたいお返事をいただきまして(笑)
ちき僕としては暁さんが引き受けてくれたのはとても大きかった。以前お仕事でご一緒したことがあり「いつか絵本でも一緒に」という想いはあったものの、まさか本当に受けてくれるとは。
阿部そして歌手YUKIさんにもコメントをいただけることになり、山親爺はこんなに人を動かしてしまうのかと、打診しておきながら私自身も驚きでした。
悩みに悩んだ“雪”の表現
國分制作陣がきまって作品の方向性が一気に定まったのでしょうか?
ちきいいえ、まったく。雪の表現を印刷でこだわりたいという話になり、僕もおもしろそうだなぁとと思っていたけど、それを具体的にどうやるのかが全然定まらなくて。そこが決まらないと描き進められなくて。
國分ストーリーよりも、まず雪の表現方法を決めるのが先だったのですか?
ちき雪はこの作品のすべてにからんできて、その表現方法によって他の絵の描き方が変わってくるんです。雪が変わったら全てのシーンを描きなおさないといけない。
國分ちきさんの過去作でも雪のシーンはたくさん出てきますが、それらと同じような手法にはしなかったのですか?
ちき僕は普段は雪を表現するときは色をのせないで“消して”いくんですよ。白を塗るわけでもなく紙のままを残して、他のところに絵を描いていく。すごい難しいんですけど、そういうのが好きで(笑)
でも今回は暁さんとご一緒して、あえて雪にインクやニスをのせたりして存在感を出したいという話になり、真逆だったので、いろんなことを試しながらずっと迷っていました。
阿部テスト校だけでも紙5種類×色2パターンとったりしましたね。薄いグレーにニスを重ねたり、色紙に白インクで刷ったりもしました。
ちきそれでもなかなかピンとこなくて。本当にこの方向性でいいのか?としばらく不安でした。
阿部それでもう一度、グレーと薄青の濃度を変えて試したときですかね?
ちきそうですね。薄青にニスを重ねたパターンが、やっと「ああ、雪っぽい」って。これならいけるって。やっとそこで世界が見えたので、そこから一気に描きました。
妥協せずこだわりぬいた“紙”
國分紙の選定もなかなか進まなかったそうですね。
ちき装丁に関するこだわりは、僕は暁さんがイメージしているものの半分も受け取れてきれていなかったと思うけれど、僕が今回、暁さんと一緒にやりたいとお願いしたので、暁さんがやりたいと言ったことにはなるべくついていきたいと思っていた。なので、こういう紙もあります、こういうのもありますって感じで2人してしつこくいろんな提案をしてしまって(笑)
阿部もちろん紙質もありますが、コストの問題もあります。当初はよく絵本で使われている紙を使用する予定で、予算を立ててしまっていました。
ところが、お2人からご提案いただいた紙で試し刷りしてみたところ「もうこれしかないでしょ!」と感じてしまいました。
國分高価な紙だからいいという訳ではないと思いますが、今回の雪の表現へのこだわりを実現するための紙が必要だったということでしょうか。
ちき比べてしまうとやっぱりこっちがいいよね、となりましたよね。
國分実は色校をお借りして、5歳の娘と7歳の息子と、ついでに45歳の夫に読み聞かせてみたのですが、そしたらパッとページを開いた瞬間に、3人ともが指ですうって絵をなぞったんです。別にすごいキラキラしているわけではないんですけど、なんかこう、雪が指で取れそうな気がして思わず手が出ちゃった、という感じでした。
ちきへええ、それはうれしいですね! 印刷じゃなくてこの紙に直接描いているような、まだちょっと乾いてませんっていうぐらい、すごく立体的な色味に見えますよね。
國分それが山親爺の迫力だったり、大自然の壮大さを感じさせますよね。
ちきやっぱりこの紙が抜群によかったので、この紙を活かして表現をしたかった。
阿部本文に使っている「アヴィオン ハイホワイト」という紙ですね。ふんわりとやさしい風合いがありながら、発色とインクのノリがとてもよいのです。メーカーの方にうかがったのですが、カバーなどで使われることが多く、本文に使用されるのは珍しいとのことです。そのほか、見返しには「紅鮭」という色の紙など、佐々木さんが北海道っぽさも意識してチョイスしてくれたのですが、かなり予算オーバーで…。あきらめかけたのですが「この本を道産子の宝として作りあげたくて始めたんじゃないか!」と思い直しまして。社内外のさまざまな方に助けられ、奇跡的に理想の紙で進めることができました。
ちき本当にギリギリまで紙を検討してましたね。みなさんが、よい装丁のために突き進んでくれた。ありがたかったです。
オリジナルの物語が出来上がるまで
國分最初の段階ではストーリーは今とだいぶ違っていたそうですね。
ちき最初のラフは、もっとCMの物語そのままのイメージでした。最初は僕らしさとか、僕の世界観を加えたりせずにCMを素直に絵本にしてみようと思って。
元の作品がありつつ、というのはやっぱりすごく難しくて、最初は本当に恐る恐る、なぞるようなものしかお見せできなかった。
でも千秋庵の社長さんが、考え方や捉え方がとても柔軟な方で、僕がいろいろ提案したことも全く嫌な顔ひとつせず前向きに話し合ってくださって、とても力をもらいました。
そこから、千秋庵さんの大切にしていることは崩さずに、もう少し僕の世界観も加えてみようと。道産子だけじゃなくて日本中のみんなが楽しめる絵本を作りたい、と感じたその1歩が僕の中ではとても大きかったですね。
國分ちきさんらしさといえばリズミカルな文章も魅力の一つですが、本作はまるで歌や詩のようですよね。
ちき実は、最初のベーシックなラフを描き直してリズミカルな展開で進んでいくものを千秋庵さんにお見せしたら「前の方が好きですね」と言われてしまって。
僕としてはとてもいいのが出来たと思ったのですが、「家族や友達との絆が丁寧に描かれていた前回のほうがいい」と。そこで大事な部分にも気づかせてもらったので、じゃあリズミカルな中にどうやってその家族愛という大切なものを表現できるか、少しずつ作りながらみえてきた感じです。
國分北海道の方は懐かしい歌を思い出すでしょうし、私のようにそれを知らない人間も子供に読みきかせるのがとても心地よく、子守歌みたいにあたたかく聞こえます。
阿部ちきさんは絵の印象がすごく強い方ですけど、今回あらためて文章もすばらしいというのを感じました!
ちきそれはうれしいですね!
北海道だけではない、見る人すべてに伝えたいこと
國分本作は家族や仲間とのつながり、自然の偉大さ、子ども(こぐま)の生き生きとした様子など、北海道に限った話ではなく普遍的なテーマを感じますが、ちきさんの中で北海道らしさ以外になにか意識されていたことはありますか?
ちき僕は、家族愛はやっぱり絵本では大事にしたいなあって、途中で思ったんですよね。
山親爺がどうして魅力的なのか考えたときに、山親爺と家族や周りの生き物たちとの関係性がすごくいいから愛されるべき存在になり得てるんだろうなぁっていうのが物語を作りながらだんだん見えてきた。そしたら最後のお菓子を手渡すシーンとか、こぐまが頑張ってとったシャケをあげるところとか、すべてが愛にあふれるような場面に描けていった。
家族愛とか友情とかはCMを知らない人にも伝えたい部分で、本当に幅広く愛されるような絵本にしたいという想いで描きました。
國分最初のやまおやじの目がギラりとするところはすごい迫力で、でも後半の家族や仲間がでてくるところは、本当に愛情あふれるというか、ほっとする世界観になっていますよね。
ちき北海道以外の方にも、それがすんなり伝わるといいなと思います。
國分色味も前半は青っぽい色が多くて、後半は暖色が多く使われている印象です。そのあたりも意識的にそうされたんですか?
ちきそれも途中で気づいたんですよね。最初はやっぱり雪の表現に目がいきすぎていて、その流れのまま最後まで行ってしまったら、ビジュアル的にもなんか物足りないような気がして。どうやったら最後、そのあたたかさを表現できるんだろう?って、ずっと悩んでいました。色数も最初から制限してしまっていたので。
國分黒と青とオレンジと白、本当にそれだけですよね。
ちき後半のシーンで最初は夕日を描く予定ではなかったんですが、物語全体の流れに沿って夕日の光をさしたら、それがうまくはまって。そこで急きょオレンジの場面を増やして、物語の終わりと同時に、あたたかい空間で終われそうだなって。結果、色をしぼったことで明確にそれらがビジュアルでわかりやすく表現できました。
國分小さい頃に雪遊びしててめちゃくちゃ寒くて手も足も冷たくなって震えながら家に入ったら、そのあたたかさにホッとして体がほころぶ感じ、あのイメージがこの本を読んでいて浮かんできました。
阿部今回、通常の4色印刷の掛け合わせでオレンジを作っているわけではなく、青で1版、オレンジで1版、黒で1版、ニスで1版の特色印刷なんですよね。それぞれの色の絵を実際に描き分けているんですよね。
ちき青の部分だけ描いた絵があって、黒だけの絵があって、オレンジだけの絵があって全部重なったときにこういう絵が出来上がるっていう。
阿部もはや浮世絵の作り方ですよね。
ちき撮影して、データ作って、重ねて、それがうまくいかなかったらもう1回描き直してデータ作って…っていうのを何回も繰り返さないといけないので、普通に絵を描くよりすごく時間がかかる。だから本当によく出来上がったなと思います(笑)
阿部紙質も印刷もふくめてやっぱりこれは手に取って現物を見てもらいたい絵本ですね。
読者の方への想い
國分これまでに読者の方からいただいた反応などで、印象に残っていることはありますか?
ちき展示会とかで声をかけていただいて、普段の子育てで悩んでいるお母さんが、お子さんに僕の絵本を見せたときにめちゃくちゃ喜んでくれたというのを涙流しながら教えてくれた方がいて、それはすごくうれしかったですね。
しかも僕の作品の中では、賛否が激しい絵本だったので余計に印象に残っています(笑)
あと、普段は絵本に全然興味を示さないお子さんが、僕の絵本を読んだとたんにすごい食いついてくれて。一緒に読んであげたら僕にくっついて、自分でもなにか言いたけどうまく言えない様子で、でも一生懸命なにかを僕に伝えてくれて。一緒にいたお父さんも「こんなの見たことない」と驚いていて、僕も本当に幸せな気持ちになりました。
國分ちきさんの本はもちろんストーリーも魅力的ですが、直感をぶちぬいて理屈じゃない心にグサッと入ってくるところがあるので、特に感受性が豊かな子どもにはすごく刺さるのでしょうね。
ちきうれしいですね。でも逆のパターンもやっぱりあって、「子供に読み聞かせたらすごい怖がっちゃってもうその本のある部屋に入ってくれなくなりました」とか(笑)
その本はパワーを表現したくて、あえて強烈すぎるくらいの怖い絵柄で描いているので。
國分でも本や絵をみて「怖い」という感情も大切ですよね。大人になっても絶対覚えてる本ってありますよね。
ちき『やまおやじ』もそれくらい印象に残る作品になっていると思います。
阿部特に最近は熊被害が増えているので、途中で、このまま進めていいのかという話もありました。
ちき僕もそれは心配しました。熊は自然の驚異ですから、おそろしいものはおそろしい。
でもこのお話の後半のあたたかい部分もあわせて見たときに、本来この絵本が伝えたいところがきちんと伝わるといいなと思います。
最後、こぐまがうさぎに手渡すあのシーンのように、この絵本を読者のみなさんに受け取ってもらいたい気持ちですね。本当に大事に大事に作ったものだよ、と。